2014年03月

冬 おわり

先週、仕事が一段落。
その間にすっかり春ですね。

新宿の地下道を通ったら・・・

いいとも1

いいとも2


明日でいいとも終わりですね。

在宅ワーカーなので仕事のおともでした。
だいたい「いいとも」まではテレビを付けていて、
終わったらラジオに切り替える。

そこにあるのがあたりまえの風景。
なくなるのは寂しいですね。
長い時間が過ぎていったのですね。


そして、オリンピックでおおいに感動した真央ちゃん、
スケートシーズンも終わりですね^^
馴染みのある名前の選手が続々と引退を表明して
世代交代を感じたシーズンでもありました。

感傷に慕ってる場合ではないのだけど、
たぶんそれらとは関係なく
私の気分も上がらずため息ばかり。
しっかりしないと。


来週は一年検診、再来週はその結果を聞きに。
一年・・・。
長かったような、あっという間だったような。

傷が思い出させるけれど、
本当に自分に起きた事だろうか?と人事のような気もする。
でも他の人にすっかり忘れられているとイラッとする。

そんなあまのじゃくなワタクシ、新年度もよろしくお願いします。


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テツヤ と 南三陸じかん

お仕事で久しぶりのテツヤ。
日曜中には余裕で終わると思ってたのが、
月曜夕方までかかった。
その前日も睡眠は1〜2時間。

どんだけ仕事してんだ?って思われるかもしれないけれど、
少ーし…なんです。
自分でも「何でこんなに時間かかったんだろう?」と不思議。

睡眠不足&仕事忙しいぜ自慢(する人いますよね)どころじゃなく、
あまりのダメさに落ち込みます。

理由をいろいろ考えるけれど、うーん、うーん、うーん・・・
コレだ!という答えはきっと出ないので考えるだけムダ。
次回に期待する(^_^;)


仕事は今週末がヤマ(そこでやる仕事はまだ入ってない…)。

実は今週末は東日本大震災でかかわってる団体の活動展がある。
今年は時期も合わず私はノータッチ。

南三陸町で活動してる内容がわかったり、
雑貨や食品を販売したり、刺繍講座があったり。
行った事、関わった事がある人より、初めての人が喜ばれます(^^)

詳しくはこちら↓
「南三陸じかん」~三陸ワカメ祭り!


去年はチラシ作ったり、二日間はスタッフとして動いてました。
その間、私は乳がんの精密検査中だった。
誰にも話していなかった。
寝ても覚めても乳がんのことばかり考えてたときに
やる事があって有り難かった。

今年は会場に行かれるかもあやしい。
でも茶の間行ってみたいからガンバロウ。


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3.11 被災地の今

怖かったですね、あの時は東京も・・・
人々がさささっと家路へ急ぐ日々が続き、
都会のど真ん中でも飲食店はガランガランだった。
あっちこっちで見た“節電中”の文字。


あれから3年ですね。


今もかかわってる団体のメルマガに
現状について書いてあった。


支援団体や個人ボランティアも撤退時期していき
被災地の問題が最もひどい状態で深刻化していくのは
4年目を迎えるこれから。

2年半の仮設住宅生活でみんな疲弊している。

家を建てて出て行く人々、仮設で亡くなる高齢者、
経済力が無く自力で出る希望が無い人、失踪する人・・・

それが仮設住宅で見られる風景。

問題は仮設住宅のことばかりではなく、
高台移転、防潮堤、過疎化…


などなど。


風化していくのは仕方の無い事。

だけど、あの日の事は誰の心にも刻み込まれてる。
時々そのことを思い出してみましょうね。


もちろん前向きに立ち向かっている人も大勢るから
そういう人達の心が折れないように。

今も被災地にかかわっている人が声をだしていかないとね。


とりあえず明後日、東京の企業でのワークショップのお手伝いしてきます。
ワークショップの中身・・・良く知りませんが(^_^;)

現地でやっていたパン講座のつながりだと思うのですが・・・


被災地の人を応援してますが、
最近では被災地で動く人達の応援がメインかも(^^)


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命日

3月9日は父の命日。
偶然にも母方の祖父の命日でもある。

もう18年も前。
肺がんだった。

私たち家族の中ではよくいる普通の父親。
父の人生をひっくるめて考えると・・・

だけど私は父が好きだった。
愛情をかけられた記憶がある。

そうとは思えないほど、
父が病気の時にはあまり近寄れなかったのだけど。
会社員ということを言い訳に母と姉にまかせきりだった。

そのことは今も後悔している。
一生後悔し続ける。

命日は覚えているけれど、あまり重要ではない。
それくらい頻繁に父の事は思い出している。
それですべて許してね、父。


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整理術


気がつけば・・・

整理術


整理術の本が3冊。
整理する前に増やしてどうする(^_^;)


時間が無い時にはやりたくて仕方ない事も
時間が出来ると手をつけず・・・

なのでこれらは自分を勢いづけるために。



『使い切る。』
そうそう、何にも外に出てない状態が好きなのよ…と、
気分は大幅アップしていたけれど、その後の手の不調で勢いダウン。



『ガラクタ捨てれば自分が見える』
使わない物を置いておきたくない私には、“物”についてはあまり関係のない事。

だけど“ガラクタ”の中には「未完成の物、全て」も入っている。

“やろうと思ってやってないこと”もそう。

そうなると、私はガラクタ収集癖がある溜め込み魔。
ガラクタに埋もれて暮らしてる。

ガラクタなくそう。
やろうと思ってた事なんて、やらなくて済んでたんだから、
やらなくていいことなのでは…? 早口言葉のよう(^^)

片づける時に赤い服を着ると勢いづくというので、
赤いフリースを新調しようと思ったけれど、街は春、もう売ってなかった(^_^;)



『佐藤可士和の超整理術』
仕事にも役に立つかなと、12月に空港で買って読みかけだったのが
「ガラクタ〜」の本で勢いづいて一気に読み終えた。
更にその影響か、読みかけの本を読み終えたことでスッキリした。




最近は、お風呂に入るのも、外に出るのも、人に接触するのも面倒。
それが酷くなる時の原因はわかっている。

経済的不安。

フリーランスだと収入は不安定。
見通しが立たない時は思考が底へ底へ、後ろへ後ろへと向かって行きます。

自分とは長い付き合いなので底へ落ち続けないように、
自分を励ましながら外に追い出したり、
家の中では甘やかしてダラダラしてます。



そんなこんなで勢いづく事何か一つでも…と思った訳で。
整理本の蒐集はもうやめます(^^)



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長姉あっこの物語(3)

私にとって長姉に会う事は一つの夢だった。

考え方や受け取り方、性格も母や姉とは違っていた。
父が亡くなった後は孤独感のようなものを感じていた。

もう1人はどんな人?
そう考える事がよくあった。

本人が現れたという事で
頭の中は想像や興味で騒がしくなったけれど、
いろいろなことを知るには、
彼女が問題なく育っていなければならない。

母には会っても、その後はないかもしれない。

今となっては考えられないけれど
そのときはそう思った。


さて、二人は面会を果たしました。
そのときの様子を聞くと、
よくあるテレビ番組のような
涙を流すような場面ではなかったようです。


母は謝ったけれど、
長姉あっこは育ての親に幸せに育てられており
「産んでもらって良かった」と言われたと…。

単純で賢くない母はその言葉を鵜呑みにして嬉しそうだった。
いや、長姉的には鵜呑みにしてくれて良かったのだけど、
母の娘的にはよく鵜呑みに出来るなという複雑な感情がある。

でも、母だけに責任があるわけではなく、
罪深いのは父の方であり、
それを母1人で対処しているのだから擁護する気持ちもあり…。

穏やかな面会だったのだから
私の気持ちはどうでもいいことだけれど…。


面会後の母に、先ず長姉の身体的特徴を聞いた。
私とすぐ上の姉は顔も背格好も似ている。

が、私たちより10cmほど背も小さく、
身体的特徴も顔もあまり似ていないらしい。

何でも好きな事をやらせてくれたし大事に育てられ、
両親(育ての…というと逆に失礼な言い方に感じるので)のことを
尊敬しているとのこと。

母も簡単に家族の説明をしたら、
私たち姉妹の方が苦労しているかもしれないと言っていたらしい。


そして・・・
念願かなって次は長姉と母、姉、私の面会となる。

ほっとした。
そして母が言っていた、姉より私とタイプが似ていると。


・・・つづく


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長姉あっこの物語(2)

父の異母兄(たぶん)が亡くなったあと、
手続き上親族の同席または委任状が必要だという通知が
私たちそれぞれに届いたことがあった。

母は数回会った事があったけれど、私たち姉妹には知らない人。
さっさと委任状を送りその件は忘れていた。

行方が分からなかった長姉あっこの元へもその通知が届いていた。
プロはすごい。


そのとき、既にあっこは自分が養子であることは知っていたけれど、
生みの親を探そうと思った事も無く
すぐに親族に会おうという気持ちはなかった。


しかし、やっぱり、気にはなっていて、
旦那さんから

「そんなに気になるなら会いに行ってみれば?」

と進められて思い切って出向いたそうです。

ドキドキしたでしょうね。
勇気を出してくれてよかった。



その親族同席の内容については特別なことは起こらなかった。

その場に居た弁護士さんになんとなく事情を説明したら、
普通は見せてもらえない家系図のようなものを
さりげなく目に入るようにしてくれたらしい。


そこで初めて自分に姉妹がいることを知った。

生みの親がいることはわかっていても、
姉妹の事までは知らない。
ましてや親元で育っているなんてことも当然知る由もない。


そして親族を通じて連絡をしてもいいかという確認をし、
電話がかかってくるに至ったわけです。

父方親族も全く事情を知らないから
頭は ? ? ? だっただろう。


長姉から連絡があったあとのそれぞれの反応

母……謝るしかない
姉……きっと恨んでいるだろうから母1人で会わせるのは心配
私……連絡の取り方から気使いが感じられ、恨みより興味を持ってくるのでは?


かいつまんでるつもりだけど長くなってしまいますね。
まだ面会まで辿りつきません。


・・・つづく


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